あぶれん坊万歳!!

エンタメ同人誌aBreのブログです。2015年5月4日第二十回文学フリマ東京(C-32)に参加します。

『女神の花束』穂坂一郎

  ――銀河の歴史の全てを集めた「博物館都市」。しかしその実態は歴史を裏で操る秘密組織なのだ。
  突然舞い込んできた絵に隠された秘密を金髪美女と小太り中年が暴く、新感覚ミュージアム・ストーリー。

      • -

 第一声が「館長を呼んでくれ」である客にろくな客はいない、というのがブリギットの持論だった。これは《中央博物館》で学芸員として働いてきた経験に裏打ちされている。地味な紺の上着、分厚い眼鏡、後ろにひっつめてまとめた髪を見れば、彼女が身も心も「知の従事者」であることは一目で分かるだろう。
 その長年の経験と今現在の状況が、持論の正しさを証明しているわ、と苦々しい気持ちを押し殺しながら、ブリギットは目の前の客と対峙していた。黒いシャツに赤い上着を羽織った青年は、サヨナキ貝の殻で出来た虹色の机を、先ほどから物珍しげに触っている。日に焼けた肌と同じ色の瞳は《博物館都市(ミュゼ)》ではあまり見ない種族のものだ。
「館長を呼んでくれよ」
 この男は開館とほぼ同時に入場してきて、受付に座っていたブリギットに乱暴な口調で話しかけてきたのだった。この時点でブリギットの中では要注意の警報が発されているのだが、そんなことはおくびにも出さず、彼女は訊ねた。
「どういったご用件でしょうか」
「だから、館長に会わせてくれ」
 彼女はその口調から「頑固・話を聞かない・後ろ暗いところあり」と見て、これらの特徴から目の前の青年を「厄介な客」であると分類した。加納は開館の見回りで、李(リー)は「《宇宙(コスモ)》体験ツアー」の団体客の対応に追われている。何故こういうときに限って、とブリギットは己の不幸を呪った。もちろん表面上はにこやかな笑顔で。
 男はジェネと名乗った。フロル系の名前ね、と彼女は判断する。フロルは乙女座の端にある小さな小さな銀河系だ。
 名前を聞き出してから三分ほど、ご用件を、館長に会わせろ、ですからご用件を、というやりとりを繰り返したが、彼女はやっと館長への用事とやらを聞き出すことに成功した。
「俺が持っている絵を博物館に寄贈したい」
 どうやらそういうことらしい。彼女はすかさず言った。
「《中央美術館》はここ、《博物館都市》から二星間ほど離れた都市にございます。乗り継ぎが分からなければお調べいたしますが」