『サボテンの咲かない部屋』此礼木冨嘉
――咲かないサボテン、枯れる花。夏の海、私たちの部屋。
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昨日のお酒が残っているのか、ずんと重くのしかかる頭を右手で軽く押さえ、森は何とか児童館の玄関にたどり着いた。「おはよう、科(しな)ちゃん。今日はぎりぎりだね」 霞む目をこすりながら靴を脱いだ森は、自分に投げかけられた高く澄んだ声に振り向いた。肌を小麦色に焼き、つややかな黒髪を短くカットした少女は、一見すると男の子のようにも見える。もうすぐお盆になるこの時期、鎌嶋のいない暇な日々を送る予定だった森、をこの児童館での学童保育のボランティアに誘ったのは、そんな風体の同級生、笹本和弥だった。「昨日も一人酒したの? 誘ってくれればよかったのに」「いいわよ、無理に付き合わなくても。お酒、弱いんでしょ」 森は大学の体育でしか使わないスニーカーを下駄箱に収め、肩にかけている鞄を自分に割り当てられたロッカーに押し込んだ。「和弥! 一輪車やろうよー!」 笹本は小学校の上級生に囲まれると、その小柄さのせいであっという間に紛れ込んでしまう。昨年からこの児童館で働いている彼女は、森からすれば先輩にあたる。もうすっかり子供達の顔も覚え、むこうからも覚えられているようだった。森が初めてこの児童館に来た時、最初はその仲の良さに若干の疎外感を覚えていた。 笹本は十人ほどの子供達にさらわれるようにプレイルームへと押し込められていた。心のどこかでそんな笹本を羨ましいと思いながら、森はただ苦笑して笹本に一言「がんばれー」とだけ投げかけた。「科ちゃーん、千里ちゃんがさっき来てたよー。また探してあげてー」 笹本は高い声で叫ぶように言い放ち、ついに子供達の波に飲まれた。ひときわ黒く焼けているのが彼女だと辛うじて分かるが、プレイルームに入ってしまうともう探すのは困難である。