『座敷わらしの恋』秋梨
――この夏、退屈な田舎にて、俺と少女が、出会った(下條アトム風に)
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暑い。 思い浮かぶのはその言葉だけだった。蝉のがなり声がその言葉を更に重くさせる。暑い暑い暑い。おのれ田舎。冷房のない祖父さんの家が憎らしく思える。首を伝っていく汗の感触が気持ち悪い。「十分涼しいでしょうが」と母は強がるが、扇風機の前から離れようとしない。涼しいと主張するならそのポジションを俺に譲ってくれ。そして畑仕事でも手伝ってきたらいい。 客間の畳の上に寝そべりながらぼーっと庭を眺める。どこからともなく漂ってくる蚊取り線香の香りがなんだか懐かしい。「六年振りだしなぁ」まだ子供だった頃は、そりゃ元気に外ではしゃいだものだが、俺ももういい若者だ。さすがに虫取りにはもう興味が涌かない。今月には自動車免許も取れるような人間が、虫網を振り回していたらさぞ不気味だろう。「そういえば、お隣のキリちゃんも今年帰ってくるらしいわよ」 扇風機の前でだれていた母がそんなことを言うので、思わず「マジ?」と反応する。「いつ?」「さぁ」 ……ダメじゃん。できれば今日がいいんですけど。懐かしい名前を聞いてテンションが上がったのも一瞬だった。ヒマだ。かといって夏休みの課題に手を出す気にはならない。「ケータイも圏外だし……」 何度も確認したことを、わざわざ声に出して確認する。ため息をつきながらケータイを畳み、再び庭に目を向け、「うぉっ!」情けない声を上げた。 先程まで誰もいなかった庭に、少女が立っていたのだ。
「こんにちは」「こ、こんちは……」 不審なほどの満面の笑みをこちらに向けながら、少女は俺に挨拶してきた。対して俺はぎこちない微笑みでそれに返す。地元の子か? 祖父さんか祖母さんの知り合いだろうか。田舎にいるにしては随分と身奇麗な子だ。母に尋ねようと振り向くと、いつの間にか母は姿を消していた。