あぶれん坊万歳!!

エンタメ同人誌aBreのブログです。2015年5月4日第二十回文学フリマ東京(C-32)に参加します。

詠村岬『少女時代』『Adult』レビュー(記録者:穂坂一郎)

第十回文学フリマで買った冊子の感想を述べる。
サークル名: ねここねこねこみみ
詠村岬『少女時代』『Adult』の感想。ネタバレ。





小説3本と詩と短歌からなる。
「姫林檎」については既に別の場所でいろいろ言わせていただいたので割愛する。

夢の宮殿」

先天性内反足という病名が印象的だった。歩けないことはないが、矯正用の器具をつけなければならない、体育は見学しなければならない。ほんのちょっとの不自由のようだがそれが周りとの距離をうむ。唯一主人公に優しくしてくれるサキを崇拝する。最初はその設定とリアリティ溢れる描写に感心した
しかしそれが夢で、主人公が健常者だったとわかってからは、沙紀と主人公の関係性に話がシフトする。そのため前半の力のある描写が意味のないものになってしまうのが惜しかった。
また夢パートと現実パートでのテーマの乖離が気になった。夢の内容の方が面白く、現実で沙紀の葬式に赴くところは冗長に感じた。
面白く感じたのは、夢とは違って現実の主人公と沙紀は中学生のときにいじめから救ってもらったが、それは主人公が忘れてしまうような、ささやかな関係だったことである。しかし沙紀にとっては友人と呼べるのは主人公だけだった。
主人公が見た夢は自殺する沙紀の、ナルシシズムに溢れた願いが流れ込んだものなのだろう。相手にとって自分だけがたった一人の特別な存在であってほしいという独占欲は、「姫林檎」の主人公が抱えていたものであるが、この作品では主人公が思われる側に立っている点が興味深い。主人公は沙紀の思いに気付かず、気付いても応えられない。夢の中でサキが見せた「鬼のような」顔は人を求める姿の恐ろしさ、浅ましさであり、「姫林檎」では主人公に寄りすぎて描かれなかった面が、「夢の宮殿」で客観的に捉えられたように思うのである。

「少女の日の思い出」

レズビアンという自分の嗜好に気付き、恋人と同棲することになった主人公が、中学生のときに描いていたBL漫画を読み返し、初めて付き合った彼について回想する。
BL漫画を描く女子の思考を覗けたのが愉快だった。付き合っている男子をBL妄想のネタにし、ゴツい男と絡ませたりする。だんだんゴツい男と自分を重ね合わせていく。
彼氏をモデルにした優男と自分が感情移入している大男、どちらを攻めにしようと悩む場面は、滑稽なようで真剣な悩みである。漫画という物語を通して、主人公は自分の性役割について考えているのである。
しかし主人公と彼氏が初めて交わしたある行為に、主人公は嫌悪感を抱く。物語の中で自分の求めていた性役割は、身体性を伴った行為に打ち砕かれる。

この話は現在の主人公の回想が一人称、過去の思い出にあたる場面が三人称、と交互に描かれる。個人的には大変読みにくかったが、BL漫画と同じように、自分の体験を美しい物語に落とし込んで捉えてしまう、主人公の内面を表現しているのだろう。
大変面白く読ませてもらったが、一つ気になった。レズビアンという嗜好と、自分が好きな男を組み敷かせたいという嗜好は似ているようで異なるように思う。この話の中では主人公が女性を恋愛対象として見ている、という心情が描かれていない。主人公は性役割を打ち砕かれた結果、レズビアンに転向したのではないか、というように読める。
昔男性と付き合ったことを「恋に恋していた感じ」と言う現在の主人公は、果たして「レズビアンである自分に恋している」状態でないと言えるのだろうか。それが作者の意図するものなのかどうかが気になった。

こういうジェンダーに関わる作品を読むと必ず思い出すのは、西澤保彦の『両性具有迷宮』である。作者に読んでみることを奨める。

詩と短歌については知識がないこともあるが、もじもじしたとだけ述べておく。


次に『Adult』を読み終わったのでこちらも感想を。
長めの創作2本、掌編2本、短歌という構成。みなエロというよりはセックスに関わる話である。

「夢情事」

女性にはリアルなのかもしれない。あとこの作品だけでなく全体的に「童貞萌え」が漂っている。「処女廚」とは違い、実際に行為が初めてかどうかは問題ではなく、「うぶ」「セックスに慣れてない」感がポイントである。セックスのとき優位に立ちたい女心をくすぐるのだろうか。
主人公が恋に落ちる理由が、タイミングと童貞ゆえの純粋さにあるように取れるのがよろしくない。童貞を神聖視しすぎでは。彼が電話をかけた後、心が動くなら納得できるのだが。

「おなかふみたい」

太めの男性と普通顔の女性とのセックス。主人公が美男美女ではないところに好感が持てる。また恋人同士の緩みきった適当な会話、描写も丁寧。
最後はぬるま湯を求める主人公の気持ちと、コンプレックスを抱いている彼氏とのずれをさらりと描いて終わる。そこをもう一歩踏み込んでほしかった。

掌編「経験不足」

気遣っていたつもりが気遣われていたという話。しかし彼も経験人数は少なそうだ。

掌編「気遣いは計画的に」

アナル廚は怖いという話。結構面白かったが、主人公のキャラに関する説明が長いため、三人称が効果的でない。

短歌

あからさまなエロを描いただけではエロい短歌にはならんのだ。「皮があるから?」は面白かったが、それ以外は綺麗な言葉、エロい言葉の羅列だ。厳しくなるのは、これの前に『珍古今和歌集 』を読んでしまったこともあるかもしれない。


大変考えさせられた2冊であった。性やセックスというテーマだからというだけでなく、評価が人によって大幅に変わりそうな作品ばかりである。是非多くの人に読んでほしい。
『少女時代』も『Adult』も作風やテーマが全く違うわけではない。合う人は買うだろうし、合わない人は買わないのだろう。今後定期的に個人誌を出すのかはわからないが、売ることや並べることを考えることで、作品にも何らかの影響があるかもしれない。


追記:最初の感想は「所々面白いのに構成が悪い。作者の書きたいところが先走りすぎ」だった。しかしレビューを書こうと思い立ったら、案外私はこの作品群が好きなのだと気付いた。


記録者:穂坂一郎