あぶれん坊万歳!!

エンタメ同人誌aBreのブログです。2015年5月4日第二十回文学フリマ東京(C-32)に参加します。

『アッシリア人の書簡』背川有人

  ――紀元前10世紀、アッシリア人姉弟が身を寄せた沙漠の隊商を、姿なき魔のものの爪が襲った……。
  アッシリアの少女が綴る粘土板文書が、おぞましい事件の真相を紐解く。

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第一の書板、表

 我が大恩あるあなたへ、アッシリアのシャムハトが葦筆を執ってこの書簡をしたためます。
 そう、私の手でもって。書記を雇うことなく。女だてらに文字を扱えるのかと驚かれるかもしれませんが、それがアッシリア商人の家の女というものでございます。わざわざこう申し上げますのは、この書簡が、私とあなた、それから文字を解せぬであろうあなたがこれを読み上げるよう頼んだお相手、この三者以外の目には、これまで触れたことがないのだとお伝えするためです。私の言葉が余人の目に触れていないことは、私が書き上げたこの書簡を、大切に仕舞う封筒に捺す、封印の判が証立ててくれることでしょう。
 誰の目にも触れさせるわけにはいかぬことを、これから書き記そうとしています。
 我が最愛の弟にすら。
 どうぞそのことを御心にお留めになって、この書簡をお読み下さい。

第一の書板、裏

 ここまでお読みくださったのならお気づきと思いますが、お話ししたいこととは、他でもない、例のあの事件のことです。
 恐ろしい出来事でございました。

 思えば驢馬達は夜明け前から落ち着かぬ様子であったような気もいたします。薄紅色の朝日だった。慣れない沙漠の道の疲れに、私はぐったりと眠りに就いていて、目覚めはひどく不明瞭でした。いつ起きたのかは覚えていません。気づいたときには私は薄布にくるまって地面に横たわり、ぼんやりと半目を開いて、向こうを副長殿が歩いて行かれるのを眺めておりました。私と弟は岩陰におり、あっちの荷箱の間で、向こうで何人か固まって、あちらこちらで横たわる隊商の皆々様は、まだほとんど全員眠りの淵にあるものと見えました。
 副長殿はご愛用の革袋の水で口の周りを湿らせながら、恰幅の良い体を揺らして隊長殿のいる幕屋へと向かい、そして幕屋の入り口の垂れ布を跳ね上げて中を覗き込みました。その肉厚の背中が、ゆったりとした白い商人服の下でみるみる強ばってゆくのを、私は見ました。
 そして叫び声。